だから、ソーシャルグラフを考えるとき、実名か匿名か、オープンかクローズドか、に囚われるのではなく、そこでユーザーはどんな顔でどんなコミュニケーションをとっていて、企業はその中での施策をどうチューニングすべきなのか、を考えるべきなんです。別に「実名でオープン」だからすごいわけじゃないし、マーケティング効果が高いわけでもないわけです。
− ソーシャルでのシェアとランキングには高い相関関係がある
・SEOの戦略にはソーシャルを取り入れるべき
※鈴木コメント: 相関関係と因果関係は違うので注意
− ソーシャルシグナルはユーザーシグナル
− 著者情報の表示も目立つようになってきた
※鈴木コメント: Google日本(google.co.jp)でもテスト or 導入が昨日から始まっています。
− 今までの投票は「リンク」。唯一の要因ではないがもっとも強い要因
・ビッグキーワードでは操作しないと1位になれない
− バックリンクは依然としてGoogleのランキングで大きな要因
・重要になるのは質
− リンクは依然として王様
※鈴木コメント: 被リンクは今でもいちばん重要な要因というのは複数のスピーカーが言っていました。これはどのカンファレンスに行っても同じです。
− 上位表示しているページと相関性の高い要素
・キーワードのアンカーテキスト
・nofollowリンク(やや)
・“Click here”やブランド名でのリンク
− 完全一致のアンカーテキストはもう終わっている
− 商用キーワードだけでブランと名でのリンクがないとペンギン・アップデートに捕まる
− ブランドを構築しなければならない
− ブランドになるだけでは十分ではない。ブランドを反映するブランドリンクが必要。
・商用キーワードよりもブランドのリンクが多くなるべき
− h1タグやtitleタグのキーワードと上位表示しているページにはマイナスの相関関係が認められた
・内的SEOは死んだ?
※鈴木コメント: 上位表示しているページのh1タグやtitleタグにはキーワードが含まれていないことが多いということです。ここでも相関関係と因果関係は違うので注意。
− 上位表示ページにはAdsenseを貼っているページが少なかった
・広告はコンテンツから気をそらせてしまう
・DoubleClickには相関関係は見られなかった
※鈴木コメント: そうなるようなもっともな理由を推測していたけれど聞き取れませんでした。
− 相関関係データから結論づけた2012年SEO要因
・ソーシャルシグナルが重要
・バックリンクは依然として大きなカギを握る
・広告がハンディキャップになるかもしれない
− ChromeやGoogleアナリティクス、AdSenseなどGoogleのプロダクトのシェアが増えてきているから、Googleはサイトのトラフィックを計測しているに違いない。
・たとえば、あるユーザーがAmazonで繰り返購入していることが分かればそれはAmazonがすぐれたユーザーエクスペリエンスを提供しているからだと評価するかもしれない
− Googleはトラフィックにもとづいてリンクの価値を判断するかもしれない
・フッターやサイドバーに詰め込まれたリンクは誰もクリックせずトラフィックを生まないから価値のないリンクとしてみなされるかもしれない。
・滞在時間が長いページで、下までスクロールしたところにあるリンクは評価される — よく読まれたページにあるリンクで、ユーザーがさらに求めた情報がその先にあると判断できるから。
− 301リダイレクトを悪用した手法が依然として通用している
− ネガティブSEOは常に存在してきたが、過去にないほど今は大きな話題になっている

- 国内で最もソーシャルメディアを活用しているローソン、その成功事例と手法がとても参考になりました(セミナーレポート) - Six Apart ブログ (via shingoym)
これはいいなぁ♪私も同じ立場だから、のっかって書こうかな♪
やり方はほぼ私と同じ。んが、私は毎日はむり(^^;)。
キュレーションといっても、根本は今までみんなが普通にしてきたことなんですよね〜。何が違ってきているかというと、残りの3分の2の部分。
もう1つの3分の1は、インターネットだからこそ成し得た部分です。それは、「同じスタイルの人を繋ぎ、拡散する様々な仕組み」なんです。まずはその2つがあること。キュレーションのベースですよね。
あとは、この「ソフト」と「ハード」の部分をうまくつなげること。立場やポリシーを守りながら、今ある資産で。それが残りの3分の1。
海水を飲むと更に喉が渇くのは、上昇した血液中の塩分濃度を薄めるために身体が更に水分を欲するためであると言われるが、即時的なレスポンスを得られるメールという通信手段もまた、海水的な悪循環を持っている。
手紙であるならば一通の手紙をやりとりするには一週間ぐらいはかかっていた。書いているときや読むとき以外にも「手紙が郵送される数日の間」が必要で、
いわばコミュニケーションの「滞空時間」みたいなものが存在していた。もしかしたら、その待ち時間をひっくるめたものがコミュニケーションだったのかも知れない。
だけどその「間」が通信技術の発達によって失われてしまった。
メッセージの届くまでの時間がコミュニケーションの長さで、言葉が届いてしまった瞬間にコミュニケーションは終了してしまい、絶えず反応し続けていなければコミュニケーションを保てなくなる。
だからコミュニケーションを成立させるために即時的に反応し続けなければならなくなる。
そうすると相手の内面を丁寧にくみ取ることが出来なくなってしまい、言葉は即時的で反射的なものになってしまう。
そして欠落を更に埋め合わせるために、より速く、より多くのレスポンスを欲してしまい、余計に孤独感の渇きが酷くなっていく。
それを僕は「海水コミュニケーション」と呼んでいる。
通信のサイクルが早くなればなるほど、即時的に反応しなければ「関心がない」と見なされてしまうのだとしたら。
あるいは絶えずアウトプットしていない限り、その場に存在できない、人間関係を保ち続けられないとしたら、メールという通信手段が孤独感を充足させているとは言い難い。むしろ反対に、通信が速く簡易になればなるほど孤独感の渇きが酷くなっていくというパラドックスが生じている。
一見「10分以内に返信しなければダメだ」というのは非合理的に感じられる。けれども、その言葉が発せられる裏側には海水を飲むようにメールの送受信を繰り返している誰かがいるってことかも知れない。
- 海水を飲むようなコミュニケーション - マボロシプロダクト (via petapeta) (via error888) (via aya18) (via atorioum) (via uessai-text) (via 1394) (via futashika) (via yaruo) (via yaruo) (via toshi0104) (via kiri2) (via clione)